少しづつ。
怠け癖があるので。いつも思い通りにいかない。今度は食事も載せることにした。
あまりこったものでなく、簡単、早い、安いもの。それも片付けまで。
かといって飽き症なのでできるだけ重ならないように。
豚肉と舞茸を酒、みりん、にんにくおろし、味噌、醤油で味付けしてフライパンで炒めた。できたらその上から七味。レンチンご飯とパックのポテトサラダ。味付け海苔。
作るのに10分かからない。自分は食事したら後片付けが嫌になるのでできるだけすぐにできるようにしている。
趣味について。
結局自分は独身で落ち着きがないか、転勤が多く、それがあたりまえに感じる会社員生活である。趣味は車である。運転も好き。基本いろんなところに行くのも好きなので手段としても必要なのである。
ただそんなに貯金があるわけではないので新車ではなくいつも中古で手頃なものを探す。中古車選びはいつも2つの条件を課している。
一つはその車を販売している人が信用できると自分自身思うか。
どんなに車がよくてもやっぱり命を預ける物を買うわけだから譲れない。
もう一つは乗った時に違和感がないこと。これは言葉であらわせない。洋服や靴を着た時になんの抵抗も感じないことのように直観的なものである。
首都圏に移動になって車があまり乗る機会が減ったので一度手放したが、離れることも考えている今また乗ろうかと思っている。
時間に対する体感速度と密度。
どんな人間であれ、平等に与えられるのは時間である。でもそれを感じる体感速度と密度はその人自身の感じ方によって大きく変わる。楽しいこと、心が満たされている時
は短く、密度も濃く感じられるが、辛い時や早く時間が経ってほしいと思っている時はなかなか進まないと感じる。
例えば睡眠時間が少ない、足りないというときには、あと何時間寝れるというのではなく、何分、さらに何秒まで換算し、常に時計を気にするというものであった。
勉強についてもこの時間でなにができるか、覚えられるのか明確にすることで自ずと時間が有限に感じられるようになる。
「気の持ちよう」とはいわれるがなかなか実践は難しい。でも考えたり思うことで、それができるときもある。人の心って不思議だと思う。
習慣化することの重要性。
何かを始めたり、しようとするとそこにはためらいがあったりめんどくさいと思ってなかなか手につかずズルズルといってしまうことが多い。
勉強もそうだ。明日やろうとか今日は疲れたからとか…なかなか思い通りにいかないものだ。でもなんかのきっかけでそれが習慣となりそんなに苦にならない状態になる。
大事なのはきっかけである。なんでもいい。とりあえず自分は手が空くとすぐにスマホを眺める依存症なんだと思った。だから勉強もなかなか手につかず前に進まない。
インターネットの世界は無限でいくら見ても切りがない。見る時間、見るものを少しづつ決めて意識してスマホを使うことにした。
このやり方結局だめなのかもしれない。でもやってみないとわからないから。
休日に思うこと。
とりあえず日頃の疲れを取って心も体もリフレッシュというのが大体の人が思うことだろう。自分もそうだ。だけど、今はそれよりも今後自分はどうなるのか、どうすればいいのか考えるウエイトが大きくなってきた。
勿論今の仕事の勉強は続けるつもりだ。飽きないし奥がふかい。続ければ続けるほど自分が無知だと思い知らされる。ただそれだけでいいのかと長い休業のなかで考えた。
一つは英語である。日本にいる間はできなくても困るものでもないと思っていた。しかしある時外国人と話す機会があり(多分人生初)、簡単な単語すら咄嗟にでてこなくて考えていることを伝えるコミュニケーション能力がないことでものすごく後悔をしてしまった。英語が世界中でつかわれていることの自覚が自分にはなかった…
もう一つはこうしたネットやパソコンを使うスキルである。自分の考えを表現、具現化するには今の時代必要性が益々増してきていると思う。
ただこれは「言うのは簡単」自分を律していかないと流されてしまう。
とにかく少しでも行動に移していきたい。
とりあえずやってみる!
世界が一変したコロナ禍は自分の生活にも影響した。とりあえず仕事は続けているものの外食産業は厳しい。どうなるのか先行き不安である。なので自分でなにかをしなくてはという気持ちに駆られる。だけど一方でなんとかなるのではないかというなんの根拠もない自信も生まれる。
そうこうしているうちにブログ書こうとして何か月も経ってしまった。自分は基本怠け者なのだ。だからなにか始めたりするのに結構時間がかかったり優柔不断なところがある。良くいえば慎重派なのだが…こういうタイプなので恋愛も下手、仕事も出世しないので自分が嫌になったりします。
でも自分の人生なんだもの。道は切り開かないとね !
ネット環境も整ったし少しづつはじめます。